M&Aと多ブランド戦略で「成長機会」を最大化:『yutoriに学ぶEC戦略』part3
パート2ではyutoriが実践する多角的なチャネル戦略と、それを支える高品質なビジュアルの重要性について掘り下げました。多様な顧客との接点を持ち、それぞれのチャネルで最適な顧客体験を提供することが、EC事業者にとって成長の鍵であることを学びました。
今回のパート3ではyutoriのもう一つの重要な成長戦略である「ブランドポートフォリオの拡充とM&Aの戦略的活用」に迫ります。どのようにして彼らは短期間に多くのブランドを獲得・育成し、事業規模を拡大しているのでしょうか。
目次
なぜ「多ブランド戦略」がEC事業者に有効なのか?
yutoriの決算資料を見ると彼らが運営するブランドの数はなんと合計38にも上り、さらに将来的には「日本一のブランド数として70以上を目指す」という目標を掲げています。これは単一のブランドに注力するのではなく、意図的に多様なブランドを展開する「多ブランド戦略」を核としていることを示しています。
多ブランド戦略の意義は多岐にわたります。
異なる顧客層へのリーチ拡大
ブランドごとにコンセプトやターゲット層を変えることで、単一ブランドでは捉えきれない幅広い顧客ニーズに応えることができます。「ヤングカルチャー」「Her lip to」「コスメ」など、yutoriがさまざまな事業部を展開していることからも明らかです。例えば主力ブランド「9090」から派生した新ライン「9090girl」は、これまでの顧客層に加え、新たにレディース層の獲得に成功しています。
市場トレンドやリスクへの対応力強化
アパレルやコスメ業界はトレンドの変化が早く、顧客の流行り廃りも激しいです。複数のブランドを持つことで、特定のブランドの人気が低迷しても、他のブランドが好調であれば企業全体としての業績を安定させることができます。市場の変動リスクに対する回復力を高めることができるのです。
クロスセル・アップセルの機会創出
同じ企業グループ内で多様なブランドを展開することで、あるブランドのファンに他のブランドの商品を提案しやすくなります。顧客データを活用し、個々の顧客の興味や購買履歴に合わせて最適なブランドの商品をレコメンドすることで、顧客単価やLTV(顧客生涯価値)の向上を目指すことが可能です。

成長を「加速」させるM&Aの力
yutoriの多ブランド戦略を語る上で欠かせないのが、M&A(企業の合併・買収)の戦略的な活用です。彼らは積極的なM&Aによって、短期間でブランドポートフォリオを劇的に拡充させてきました。決算資料からはheart relation社、えをかく社、AZR社といった企業の子会社化や、minum事業の譲受といった具体的な事例が確認できます。
M&Aが成長を加速させる理由はいくつかあります。
成長スピードの劇的な向上
新規ブランドをゼロから立ち上げ、認知度を獲得し、顧客基盤を築くには膨大な時間と労力がかかります。既に市場で一定の成功を収めているブランドや事業を買収することで、これらのプロセスを一気に短縮し、事業規模を非連続的に拡大することが可能です。yutoriが創業以来7期連続増収という驚異的なペースで成長している背景には、M&Aによる事業基盤の獲得が大きく寄与しています。
ノウハウやリソースの獲得
買収対象企業が持つ特定の分野におけるブランド運営ノウハウ、顧客データ、サプライチェーン、そして優秀な人材といった貴重なリソースを取り込むことができます。これにより、自社単独では獲得が難しかった強みを迅速に手に入れることが可能です。
新規事業参入障壁の低下
例えばコスメ事業のように、自社に専門的なノウハウが蓄積されていない分野でも、その領域で実績のある企業や事業を買収することで比較的容易に新規参入することができます。これにより事業領域の多角化を迅速に進め、新たな収益源を確保できます。

M&A成功のポイントとリスク管理
もちろんM&Aは「買って終わり」ではありません。買収後の統合プロセス(PMI:Post Merger Integration)が成功の鍵を握ります。組織文化の違い、システム統合、シナジーの創出など、乗り越えるべき課題は多くあります。
yutoriはM&Aによって増加したブランドや事業を効率的に管理するため、事業部制への組織再編を進めています。またヤングカルチャー事業とコスメ事業を分社化するなど、事業の特性に応じた体制構築も行っています。これはM&Aによって多様化した事業を適切にマネジメントし、それぞれの成長を最大化するための取り組みと言えるでしょう。
またM&Aに伴って発生する「のれん」の管理も重要です。多額ののれんは将来的に減損リスクを伴う可能性がありますが、yutoriは「のれん負けすることなく、EPSの向上に大きく貢献」していると分析しており、買収したブランドが順調に利益を上げていることを示唆しています。健全性を維持するために、のれん対純資産倍率などの財務指標にも気を配っている姿勢がうかがえます。

「ブランド帝国」構築を目指すEC事業者への示唆
yutoriの事例は多ブランド戦略とM&Aの戦略的活用が、EC事業者にとって非常に強力な成長ドライバーとなり得ることを明確に示しています。単一ブランドでの成長に行き詰まりを感じている事業者や、急速な事業規模拡大を目指す事業者にとって、M&Aは魅力的な選択肢の一つとなり得ます。
ただしM&Aは成功すれば大きなリターンをもたらしますが、同時に財務的・組織的なリスクも伴います。自社のリソースや戦略との整合性を慎重に検討し、買収後の統合プロセスをいかに成功させるかという緻密な計画と実行力が求められます。
結論として、yutoriの多ブランド戦略とM&Aによる非連続的な成長は、EC業界で勝ち抜くためのパワフルな戦い方を示唆しています。自社に合った形でこれらの戦略を取り入れることを検討することは、今後の事業拡大において重要な一歩となるでしょう。

次回のパートでは、yutoriのもう一つの特徴的な戦略である「オフライン店舗の戦略的活用」と、そこから見えてくる顧客体験の重要性について、さらに深掘りしていきます。
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名古屋の飲食業界で商品開発や販促に15年携わる。現在はスイーツECを展開しつつ、飲食・EC向けに撮影を通じたビジュアルマーケティングを支援。
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